刺し身が好きなので、新鮮な魚介類を出す店を探してせっせと出掛けている。仲間と行ったときは舟盛りを注文する。いかにも刺し身が美味しく見えるように盛りつける店が増えた。たとえ刺し身そのものは大したことがなくても、演出効果を存分に発揮した舟盛りが出てくると、舌よりも先に目でまずは満足する。
最後はアラが鍋になる
和食は、「盛りつけの妙」も味の内だ。その点では、刺し身の舟盛りは視覚効果が抜群である。
一方の韓国。北は大陸とつながっているが、東、南、西の三方は海に面している。小さい国だから島国のようなもので、海産物も豊富である。
私も、韓国各地の港町に出掛けて、好物の刺し身を食べてきた。驚くのは、その食べ方がとてもダイナミックなことだ。なにしろ、刺し身を食べるときは魚を丸一匹さばいてもらわなければならない。なぜなら、皿に数切れ盛った刺し身を注文するというシステムそのものが韓国の食堂にはないからだ。
具体的に、店での韓国式注文方法を見てみよう。
まず、魚の種類を選ぶ。ヒラメなのか、タイなのか。好みの一種類を選ぶ。
仮に「ヒラメ」と答えると、今度は店から何キログラムのものにするか聞かれる。
「3人なら5キログラムのものにしなさいよ」
そんな忠告も受ける。この場合、店はできるだけ大きい魚を注文させようとするので、客は店の言いなりになってはいけない。5キログラムと言われたら、「いや、3キログラムのものでいい」と少なめに注文してちょうどいい。
これが前座で出てくる無料の魚介類
魚の種類とキロ数が決定すると、とたんに注文していない魚介類が次々に出てくる。ホヤ、カキ、イカ、アワビ、ウニ、サザエの刺し身に、サバやタチウオの焼き魚……。次々に美味しいものが食卓に並ぶ。
「こんなの注文してないよ」
そう嘆かなくていい。メインの魚一匹を注文すると、まずは無料の付きだしがズラリと並ぶのが韓国スタイルなのである。
冷えた焼酎を飲みながら、先に出された魚介類を食べていると、真打ちの刺し身が出てくる。一匹丸ごとさばいているので、大皿に並びきれないほどの量になっている。食べきれない。そう思えるほどの多さだ。
しかし、食べ始めると箸が止まらない。さばいたばかりの新鮮な刺し身は抜群の旨さなのである。
大満足で食べ終えると、今度は店の人が「メウンタン(辛い鍋)にしますか?」と聞いてくる。なんのことかというと、刺し身を取ったあとのアラはどんな鍋にして食べるか、という意味なのである。「辛い鍋にするか、辛くない鍋にするか」という選択を迫られるわけだ。
「メウンタンにして!」
そういうと、ほどなくテーブルにメウンタンとご飯が運ばれる。この辛い鍋がまた絶品である。魚のダシがよく効いている。
こうして、魚一匹をアラまで食べつくすという壮大な食事が終わる。かかる料金は、魚一匹の代金のみである。それに酒代がプラスとなる。
感覚的には、日本であれこれの刺し身を注文するよりは安上がりだ。おまけに、「前座の魚介類、メインの丸一匹の刺し身、おまけのメウンタン」という組み合わせは、満足度がかなり高い。いかにも、食欲を過剰に満たすことが必須の韓国らしい刺し身の食べ方だ、と言える。
文=康 熙奉〔カン・ヒボン〕