カテゴリー:歴史

  • 燕山君と中宗の人生物語

    暴政の限りを尽くした10代王の燕山君(ヨンサングン)は1506年9月に王宮から追放された。政変の主導者は、燕山君によって実姉を死に追いやられた朴元宗(パク・ウォンジョン)、左遷の憂き目に遭った成希顔(ソン・ヒアン)。彼ら…
  • なぜ「訓民正音」は作られたのか

    ハングルの基となったのが、4代王・世宗(セジョン)が1443年に完成させた「訓民正音(フンミンジョンウム)」である。しかし、なぜかその創製過程に関する動きは一切記録されていない。漢字を使わない新しい文字創製に、公然と反対…
  • 「王子の乱」とは何か

    朝鮮王朝を開国した初代王・太祖(テジョ=李成桂イ・ソンゲ)。その陰には太祖をあらゆる面で支える男がいた。それが鄭道伝(チョン・ドジョン)だ。しかし、王位継承をめぐる争いの中で、鄭道伝の命運は尽きてしまう。 朝…
  • 聖君「世宗」の妻の悲劇!

    ハングルを作ったことで有名な4代王・世宗(セジョン)。その彼を支えたのが妻の昭憲(ソホン)王后(1395-1446年)である。彼女が王妃になったことで実家が大いに繁栄したが、その後、まるで奈落の底に落ちたかのように地獄の…
  • 波乱に満ちた神徳王后の人生!

    朝鮮王朝の27の王たちを支えたのが、王妃や側室である。彼女たちは、韓国時代劇のもう1人の主役と言ってもいいだろう。王妃や側室となった女性たちの人物像と歩んだ道をたどってみたい。 大事な後継者選び 1392年に…
  • 朝鮮王朝は儒教が国教だった!

    1392年から1910年まで続いた朝鮮王朝では、国教として儒教が絶大な影響力を誇った。この場合の儒教というのは、具体的に言うと朱子学であった。この朱子学の倫理観が朝鮮王朝の価値観を決定づけていたと言っても過言ではない。 …
  • 燕山君はどんな暴君だったのか

    朝鮮王朝の27人の王の中で、最悪の暴君と呼ばれているのが10代王・燕山君(ヨンサングン)である。王として即位した彼は、数々の暴政を行なったのだが、いったい何をしたのだろうか。 母親の愛を知らずに育った王 14…
  • 光海君という生き方!

    14代王の宣祖(ソンジョ)は、朝鮮王朝で初めて側室から生まれた国王だった。そんな彼には多くの息子たちがいたが、側室から生まれた王子ばかりだった。その長男が臨海君(イメグン)で二男が光海君(クァンヘグン)である。 …
  • 因縁の2人!光海君と仁祖「第5回」

    貞明公主は、クーデターの直後には結婚できたが、20歳だったので、当時としては遅い結婚だった。当時のしきたりでは、王女は結婚したらすぐ外に出ることになっているので、外に大きな屋敷を構えた。 無能な王 異例だった…
  • 因縁の2人!光海君と仁祖「第4回」

    綾陽君は仁穆王后の怒りがあまりに大きいので、その場を退散して、また改めて出掛けた。仁穆王后も少し頭を冷やしたようで、「大義名分を出すには条件がある。あの化け物の首を取ってまいれ」と言った。 [caption id="a…

特選記事

  1. コン・ユ主演で魂の不滅を抒情的に描いたドラマ!/トッケビ全集13

  2. 繰り返し見て深みのあるストーリーを味わう!/トッケビ全集8

  3. 16代王・仁祖(インジョ)はどんな王だったのか

ページ上部へ戻る