『オクニョ 運命の女(ひと)』のメガホンを取ったイ・ビョンフン監督は、時代劇の巨匠だけあって、「朝鮮王朝実録」のことを本当によく調べている。そうした結果が『宮廷女官 チャングムの誓い』という傑作を生んだのだ。当然ながら、『オクニョ 運命の女(ひと)』にも「朝鮮王朝実録」のエッセンスがよく生かされている。
在位中の記録から編集される
韓国における時代劇の歴代視聴率ベストテンを調べてみると、7本が朝鮮王朝を描いたドラマだった。
なぜ、朝鮮王朝を舞台にした時代劇にはヒット作が多いのか。その理由を考えてみると、歴史書の「朝鮮王朝実録」があることが大きい、という結論になった。
果たして、「朝鮮王朝実録」はどのようにして編集されたのか。
実は、朝鮮王朝時代、王のそばには史官という記録係が1日ぴったりと付いていて、王の言動が詳細に記録されていた。
さらに、毎日行なわれていた公式会議の議事録もしっかり残されていた。王が世を去った後に編集委員会が作られ、在位中のすべての記録をもとに何年もかけて作られたのが「朝鮮王朝実録」だ。
「朝鮮王朝実録」の記述には、新しい王を擁立する派閥の意向がかなり盛り込まれている。たとえば、クーデターで王を追放した場合、クーデターを成功させて政権を取った側が先王時代の「朝鮮王朝実録」を書くので、追放した王を辛辣にけなす。まるで極悪人のような書かれ方なのだ。
あるいは、先の王から恩恵を受けた官僚たちが編集委員会を組織する場合は、称賛のオンパレードだ。そういう意味では、「朝鮮王朝実録」の記述は公平と言えないのだが、人間が作るものだからその点は仕方がない。
そんな書き手側の事情を知りながら「朝鮮王朝実録」を読むと、政権を取った高官たちの思惑が見えてきて、かえって記述が面白くなってくる。
初代王・太祖(テジョ)から27代王・純宗(スンジョン)まですべての王の「朝鮮王朝実録」が存在するが、現在の韓国で認められているのは、25代王・哲宗(チョルチョン)までである。
なぜかと言うと、26代王と27代王の「朝鮮王朝実録」の編集に朝鮮総督府が関わっていることが問題視されたのだ。そういう事情があって、韓国では初代から25代王までの「朝鮮王朝実録」を正式に認定している。
本文を見てみると、「朝鮮王朝実録」の原文は漢文で、1993年にようやくハングル版が完成している。
そのハングル版を1日100ページ読んでも4年半かかると言われている。実際に王の毎日の言動が細かく記録されているので、これだけ膨大な量になったのだ。
ハングル版の完成によって、韓国の一般の人たちが「朝鮮王朝実録」を普通に読めるようになった。
途端に、韓国では朝鮮王朝を舞台にした大河ドラマが増えた。特に有名なのが『龍の涙』『王と妃』『女人天下』といった長編時代劇。こうした作品は「朝鮮王朝実録」の記述をまるでシナリオのように使っていることが多く、それだけ生々しい歴史が臨場感たっぷりに描かれている。
まさに、「朝鮮王朝実録」のおかげで、史実に沿った形で面白い時代劇が制作できたのである。
もちろん、『オクニョ 運命の女(ひと)』も「朝鮮王朝実録」の恩恵をたっぷりと受けている。
文=康 熙奉(カン ヒボン)