韓国の生活と習慣を知る7「コリアンタイムとは何か」

20年ほど前にソウルへ取材に行ったとき、ロッテホテルのロビーでよく人と待ち合わせをした。そのとき、来る人がほとんど30分くらい遅れてくる。理由はきまって「渋滞がひどくて」。私(康熙奉〔カン・ヒボン〕)は笑って相手を迎えたが、腹の中はイライラしていた。





古典的な言い訳

当時、ソウルの渋滞は名物だった。道路は混んでいるのが当たり前であった。
そうであるならば、待ち合わせをしている以上、渋滞を見越して早めに出掛けるのが常識であろう。それなのに、いつもどおりにのんびり出掛けて、時間に遅れたら渋滞を理由にしている。
「なるほど。これがコリアンタイムか」
そう納得するしかなかった。
韓国の書き手に原稿を依頼したときも、イライラすることが多かった。
締め切りを守らない人が多すぎるのだ。催促の連絡をすると、プツリと行方不明になる。何度も催促して、ようやく連絡が取れると、「いやあ、伯父さんが亡くなってねえ」と古典的な言い訳が返ってくる。
「締め切りを守るという概念が希薄なんだな」
そう考えるしかなかった。




ただ、日本が時間にうるさすぎるのかもしれない。
世界中を旅行したわけではないが、日本ほど時間に厳しい国は他にないのではないか。待ち合わせに5分遅れたら、もう携帯電話に問い合わせの連絡が入っている。
そんな経験が何度もある。
社会全体が「時間を守ろう」という意識でがんじがらめになっている。
電車の運行が時間に正確なのはありがたいのだが、東武鉄道に乗っていたら、わずか2分遅れただけなのに、車内放送で「本日は電車が遅れて乗客のみなさまにご迷惑をおかけしました。心からお詫びいたします」とアナウンスしている。
こんな国は他にないはずだ。
ひるがえって韓国。日本から一番近い隣国なのだが、時間に関する概念は、かつては確かに違った。
大陸的というか、おおらかというか、「まあ、そうアクセクしなさんな」という雰囲気が漂っていた。
これは今でも旧暦をよく使っているからではないのか。




実際、旧暦は農耕社会には便利な暦である。
それなのに、日本は明治維新後に新暦に変えて、現実の季節感と暦にギャップが出るようになった。
韓国は今でも旧暦がよく使われる。正月は「旧正月」であり、お盆も「旧盆」である。この「旧盆」のことを韓国では「秋夕(チュソク)」と言い、旧暦の8月15日が該当する。新暦だと9月下旬頃になる。
つまり、日本と違って韓国では、正月と盆が1カ月以上も遅れてやってくるのである。これこそが究極のコリアンタイムではないか。
旧暦が便利な農耕社会では、なにごとも時間どおりにならなかった。それだけに、悠長に時が来るのを待つ習慣が根づいた。それがコリアンタイムの本質かもしれない。
いちはやく旧暦を捨てた日本は、季節感が合おうが合うまいが、暦の通りに動かざるをえなかった。それに日本的な細かさが加わって、時間にきっちりするようになったのではないか。
とはいえ、韓国も確実に変わってきた。




相変わらず、時間に遅れた理由を「渋滞」になすりつけているのは、50代以上かもしれない。
若い人たちは、中年以上の世代に比べると、時間をきっちり守るようになってきた。そこには、携帯電話の普及が大きく関係しているに違いない。
なんでも情報を瞬時に得られる時代だ。「待ち合わせに遅れないために何時に出掛ければいいか」は携帯電話が教えてくれる。そこまで情報が行き届いているのに、あえて時間に遅れようとする人は少ないだろう。
社会からも、おおらかさが失われつつある。若者の失業率は高く、大学を卒業しても正社員に就けない人が多い。そんな時代に、のんびりコリアンタイムで生活していたら、多くのチャンスを失うことになってしまう。みんな必死なのである。
考えてみれば、コリアンタイムが許された時代は、人々の気持ちにゆとりがあったのかもしれない。
かつてはなかったのに、今の韓国では割り勘が増えている。なんでも、きっちりするようになってきた。時間も同様である。「渋滞」はもう理由にできないのだ。

文=康 熙奉(カン ヒボン)

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