歴史に残る重要な出来事/第16回「正祖暗殺未遂事件」

ドラマ『イ・サン』では、即位式当日に暗殺団が正祖(チョンジョ)の命を狙うシーンが描かれる。それは史実と違うのだが、正祖の暗殺未遂事件は後に実際に起こっている。まさに、王宮の中でドラマのような緊急事態が発生していたのだ。





慶熙宮が正宮だった

正祖は1776年に即位したが、1777年7月28日に事件は起こった。
当時、正祖が住んでいた慶熙宮(キョンヒグン)に、数人の暗殺団が侵入した。しかし、正祖は異変に即座に気付くと、兵士たちを呼び寄せて難を逃れた。
この事件によって、正祖はいくつかの対策を講じた。
まずは、慶熙宮の構造上の問題に気付いたのである。
朝鮮王朝の正宮は建国から景福宮(キョンボックン)だったが、1592年に勃発した豊臣軍の朝鮮出兵の際に焼失してしまった。
以後、昌徳宮(チャンドックン)や昌慶宮(チャンギョングン)といった離宮が正宮となっていた。
慶熙宮もその1つだ。
慶熙宮が建てられたのは、建国の祖・太祖(テジョ)の私邸があった場所で、朝鮮王朝の聖地と崇められていた。




正宮として建てられた訳ではない慶熙宮は、王が執務をする場所として手狭なうえ、賊の侵入を許しやすい構造になっていた。
それがわかった以上、慶熙宮を正宮として使い続ける訳にはいかない。対策としては遅すぎる感もあったが、正祖は昌徳宮を改修して正宮を移した。
さらに、自身の身を守る親衛隊を強化し、以前より厳重な警戒を行なった。
正祖が何よりも警戒したのが老論派(ノロンパ)だ。敵対するこの勢力は、即位後の正祖に数々の妨害行為を行なっていた。
中でも、老論派の代表的な家柄である洪啓禧(ホン・ゲヒ)の一族は、執拗に正祖の命を狙った。国父である王も派閥にとっては敵でしかなかったのだ。
洪啓禧の孫であった洪相範(ホン・サンボム)も、父や叔父たちが流罪となり没落すると、正祖を憎み、栄華を取り戻そうとした。
ついに、洪相範が決行した。
彼は側近を率いて正祖がいる宮殿に忍び込んだ。しかし、強化された親衛隊の前に一刀も振るうことなく捕まってしまう。




夫の失敗を嘆いた洪相範の妻は、直接的な手段ではなく“呪い”を用いて、正祖を殺害しようとした。いわゆる、呪詛(じゅそ)を仕掛けたのだ。
彼女の行動もまた、正祖を守る側近たちによって未遂に終わった。それでも洪一族は諦めなかった。
彼らは同志を集めてクーデターを起こそうとしたが、正祖の側近たちによって動きを封じられてしまった。
常に命を狙われていた正祖。彼が夜も寝ないで読書に明け暮れたのは、寝込みを襲われないためだった。
その読書のおかけで、正祖は学者顔負けの博学になったのである。

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