朝鮮王朝6代王・端宗(タンジョン)は、叔父である首陽大君(スヤンデグン/7代王・世祖〔セジョ〕)によって王の座を奪われている。首陽大君は、いったいなぜそのようなことをしたのだろうか。
秘められた野心
1452年、5代王・文宗(ムンジョン)が世を去ったことで、彼の長男である端宗が11歳で6代王となった。しかし、その直後から不穏な動きを見せる人物がいた。それが、端宗の叔父にあたる首陽大君である。
大変な野心家だった彼は、幼い王の端宗を補佐する皇甫仁(ファンボ・イン)と金宗瑞(キム・ジョンソ)が、王の補佐を理由に政治権力を独占していることで王権が弱体化していると思い、敵意を抱いていた。
決起をしようと考えていた首陽大君は、自分の同志となる高官たちを自邸に集めて激しく議論を重ねた。しかし、いざとなると優柔不断な者も多く、何かと理由をつけて逃げ腰になる者もいた。その雰囲気によって一度は首陽大君の決意が揺らだが、最終的に決心した彼は、2人の従者を連れて金宗瑞の屋敷に向かった。
陽が沈むかけたころ、2人の従者を連れて金宗瑞の屋敷にやってきた首陽大君は、門のところで数人の男たちと話していた息子の金承珪(キム・スンギュ)に「父上にお会いしたい」と言った。
しばらくすると、屋敷の中から金宗瑞が出てきた。首陽大君は金宗瑞から中に入るように言われるが、多くの武士に待ち伏せされていることを警戒して中に入ろうとしなかった。
いつまでも屋敷の中に入ろうとしない首陽大君の様子を見た金宗瑞は、自ら彼に近づいていった。首陽大君は「これを読んでほしい」と言って書状を取り出した。それを受け取った金宗瑞は、辺りが暗かったので月明りに照らして読もうとした。その隙を見逃さなかった首陽大君が合図を送ると、一緒に来ていた従者の1人が、金宗瑞めがけて鉄槌を振り下ろした。不意打ちを受けた金宗瑞はその場に倒れ込む。
そこへ戻ってきた金承珪が父親を守るように覆いかぶさった。しかし、そんなこと関係ないというような感じで、もう1人の従者が刀で2人を切りつけた。
金宗瑞を殺害した首陽大君は王である端宗のもとへ行き、「国の乗っ取りを考えていた金宗瑞を処罰しました」と報告した。その後、王命を出させて高官たちを招集させると、首陽大君の側近が、集まった高官たちを王宮の狭い門から1人ずつくぐらせて、首陽大君に批判的な高官たちを殺害した。
それによって、政権の高官たちはすべて首陽大君の息のかかった者たちになり、政権の重職を独占したのである。そして1455年に、首陽大君は甥の端宗を上王(サンワン)に祭り上げて、7代王・世祖(セジョ)として即位した。
朝鮮王朝では、王位をめぐるような事件が多く起こっている。今回の世祖による王位強奪事件もそうだが、特に多かったのが親族同士による骨肉の争いである。いくら王の座をめぐるものだとしても、親族同士の争いは本当に悲惨なできごとであることは間違いない。
文=康 大地(コウ ダイチ)