昭顕世子(ソヒョンセジャ)の妻と息子の哀しき最期!(歴史編)

度重なる悲劇

「なぜ私たちがこんな目にあわなければならないのか……」
姜氏が号泣する姿が側近たちによって何度も目撃されている。
そんな彼女を救える人は、すでに宮中にいなかった。むしろ、仁祖の意を酌(く)んで彼女に罪をなすりつけようという輩(やから)が多かった。
その中で1646年に「アワビ事件」が起こった。これは、仁祖が食べるアワビに毒が盛られていたという騒動だった。
犯人探しが始まったが、真っ先に疑われたのが姜氏だった。彼女がそんな大それたことをするのは無理だったのに、仁祖の息がかかった者たちが口をそろえて姜氏の疑惑を並べ立てた。
冤罪(えんざい)を弁明する機会もなく、姜氏は庶民に落とされ、死罪となった。これほど無念の死があろうか。しかも、3人の息子も済州島に流罪となり、上の2人は疑惑が残る死に方をした。




このように、姜氏の親族は根こそぎ排除された。それは、鳳林が王になるうえで心配の種となっている一族の抹殺を意味していた。
昭顕夫妻にとって、人質として瀋陽にいるときが、外国の文物に触れて一番幸せだったのかもしれない。2人は視野を広げて開化思想に触れたがゆえに、保守的な王に嫌われて一族もろとも命を失った。

文=康 熙奉(カン ヒボン)

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